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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)88号 判決 1990年1月25日

東京都世田谷区松原5丁目11番12号

原告

大山保子

同所

原告

大山紀子

右両名訴訟代理人弁護士

河本仁之

東京都世田谷区松原6丁目13番10号

被告

北沢税務署長 大谷勉

右訴訟代理人弁護士

青木康

右指定代理人

合田かつ子

外5名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和61年10月3日付けで原告大山保子及び原告大山紀子の各昭和58年4月5日相続開始に係る相続税についてした各更正及び各過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告大山保子(以下「原告保子」という。)及び原告大山紀子(以下「原告紀子」という。)は,昭和58年4月5日に死亡した大山茂行(以下「亡茂行」という。)の相続人(原告保子は妻,原告紀子は子)であるが,右相続(以下「本件相続」という。)の開始に係る原告らの相続税についての各課税の経過は別紙1記載のとおりである(右別紙中の被告が昭和61年10月3日付けで原告らに対してした各更正及び各過少申告加算税賦課決定をそれぞれ「本件更正」及び「本件賦課決定」といい,両方併せて「本件処分」という。)

2  しかし,本件更正及び本件賦課決定は,以下の理由により違法である。

(一) 国税通則法(以下「通則法」という。)70条1項の規定によれば,相続税に係る更正は法定申告期限から3年を経過した日以後はすることができないとされている。本件相続に係る相続税の法定申告期限は昭和58年10月5日であるところ,原告両名が本件処分の通知を受けたのは,右の日から3年を経過した後の昭和61年10月6日であるから,本件更正は同項に定める更正の期間制限を徒過したものであり,また,本件賦課決定は右期間制限を徒過した本件更正に基づくものであるから,いずれも手続上違法な処分である。

(二) 原告らが本件相続によりそれぞれ取得した財産の課税価格はいずれも〇円であるから,本件更正は課税価格を過大に認定した違法があり,また,本件更正に伴う本件賦課決定も違法である。

3  よつて,原告らは,本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の冒頭部分の主張は争い,(一)は,本件相続に係る相続税の法定申告期限が昭和58年10月5日であることは認め,その余の事実は否認し,(二)は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の手続上の違法の主張について

被告は,昭和61年10月3日,所部係官をして,原告保子に対し,これから係官を差し向ける旨電話で連絡して同原告の了解を得た上,同日午前10時13分ころ,東京国税局直税部資料調査第4課に所属する佐近静雄係官(以下「佐近係官」という。),被告の資産税第一部門に所属する後藤彰及び同管理徴収第三部門に所属する正高敏伸の3名が,本件処分の各通知書を携行して原告らの自宅に赴いた。佐近係官は,応対に出た原告保子に対し,本件処分の各通知書を提示して受領を求めるとともに,国税通則法施行規則一条に規定する書面である送達記録書の所定欄に本件処分の各通知書を受領した旨の署名押印を求めたところ,同原告は,関与税理士等を通じてもらわなければ右各通知書を受領できない旨申し立て,右各通知書の受領を拒否した。そこで,佐近係官は,同原告に対して右各通知書を原告らの自宅郵便受箱に差し入れる旨申し伝えて,同日午前10時38分から同44分の間に,右各通知書の宛名が確認できるようにそれぞれの原告ごとに通知書を北沢税務署名が記載されている窓あき封筒に封入して,原告らの自宅門脇に設置された郵便受箱に差し入れ,もって,原告らに対し,通則法12条5項2号に規定する差置送達の方法による送達をした。

右のとおり,本件処分はいずれも通則法70条1項所定の期間内にされたものであるから,手続上の違法はない。

2  課税価格

(一) 本件相続時点における亡茂行の財産及びその価格は,次の(1)ないし(9)のとおりである。

(1) 土地 125,240,008円

① 別紙2の番号1に記載の土地(以下「松原の土地」という。) 42,490,008円

② 別紙2の番号3に記載の土地(以下「田園調布の土地」という。) 82,750,000円

(2) 建物 10,334,500円

① 別紙2の番号2に記載の建物(以下「松原の建物」という。) 6,019,400円

② 別紙2の番号4に記載の建物(以下「田園調布の建物」という。) 4,315,100円

(3) 有価証券及び出資金 61,950,000円

(4) 家庭用動産等 3,500,000円

(5) 現金,預金等 44,637,490円

(6) 貸付金 135,667,465円

(7) 生命保険金 11,060,223円

(8) 退職手当金 176,000,000円

(9) その他の財産 6,010,560円

(二) 本件相続時点における亡茂行の債務及びその金額は,次の(1)ないし(9)のとおりである。

(1) 公租公課(未納税額) 16,223,505円

(2) 借入金等 59,609,639円

別紙3に記載のとおり

(3) 葬式費用 1,800,300円

(三) 原告らは,(一)の財産につき別紙4の符号1ないし9の各項に記載のとおり,(二)の債務につき右別紙の符号11ないし13の各項に記載のとおり,それぞれ取得又は負担した。

(四) 相続開始前3年以内に贈与を受けた財産

(1) 原告保子 1,100,000円

(2) 原告紀子 1,600,000円

(五) (三)及び(四)に基づく原告ら各人の課税価格は,原告保子については297,531,000円(別紙4の符号17の項。ただし,通則法118条1項により1,000円未満切捨て)となり,原告紀子については20,1934,000円(前同)となる。

3  本件更正の違法性

2の(五)の課税価格から原告ら各人の相続税額を計算すると,別紙4のとおり,原告保子については,算出税額が146,370,960円(税額算出根拠は別紙5のとおり),税額控除後の相続税額が24,395,100円(ただし,通則法119条1項により100円未満切捨て)となり,原告紀子については,算出税額が97,580,640円(税額算出根拠は別紙5のとおり),税額控除後の相続税額が97,550,0600円(ただし,通則法119条1項により100円未満切捨て)となり,本件更正における各原告の相続税額はそれぞれ右の相続税額の範囲内にあるから,本件更正は適法である。

4  本件賦課決定の適法性

原告らが本件更正により納付すべきこととなる相続税額のうち,原告保子については2,385,500円,原告紀子については10,837,600円に相当する部分については,通則法65条4項に規定する正当な理由があるものと判断されたので,原告保子については本件更正における相続税額24,390,200円から右2,385,500円を控除した22,000,000円(ただし,同法118条3項により10,000円未満の端数切捨て)を,原告紀子については本件更正における相続税額97,530,800円から右10,837,600円を控除した86,690,000円(前同)をそれぞれ計算の基礎として,同法65条1項(ただし,昭和59年法律第5号による改正前のもの。以下,同項につき同じ。)の規定に基づき右各金額に100分の5の割合を乗じて過少申告加算税の額を算出すると,原告保子については1,100,000円,原告紀子についたは4,334,500円となり,右各金額と同額の過少申告加算税を賦課した本件賦課決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は,昭和61年10月3日,税務係官と名乗る男性3名が原告らの自宅を訪れ,原告保子に対し書類の受領を申し入れたこと,同原告がこれを拒否したことは認め,その余の事実は知らず,主張は争う。

2  同2について

(一)(1) (一)の(1)の①の事実は認める。

同②は,田園調布の土地が相続財産であることは認めるが,その価額は争う。被告が主張する同土地の価額は自用宅地としての評価額であるが,同土地上にある田園調布の建物は貸家であるから,同土地は貸家建付地としての評価をすべきであり,その価額は67,855,000円である。

なお,亡茂行の相続財産である土地には,松原の土地及び田園調布の土地のほかに,後記5の1のとおり,別紙2の番号5の土地(以下「本件土地」という。)の持分5分の3(価額は127,209,024円)がある。

(2) (一)の(2)の①の事実は認める。

同②は,田園調布の建物が相続財産であることは認めるが,その価額は争う。被告が主張する同建物の価額は自用建物としての評価額であるが,同建物は貸家であるから貸家としての評価をすべきであり,その価額は3,020,570円である。

なお,亡茂行の相続財産である建物には,松原の建物及び田園調布の建物のほかに,後記5の1のとおり,別紙2の番号6の建物(通称新宿第7ホールスタービル。以下「本件建物」といい,本件土地と併せて「本件不動産」という。)の持分5分の3(価額は72,219,588円)がある。

(3) (一)の(3)ないし(9)の各事実は認める。

(二) (二)の(1)の事実は認める。

(2) (二)の(2)の事実は認める。

なお,亡茂行の債務には,後記5の2のとおり,764,074,000円の債務があるから,これを被相続人の債務として控除すべきである。

(3) (二)の(3)の事実は認める。

(三) (三)の事実は,別紙4の「原告紀子」の欄の符号1,2の項の金額(田園調布の土地,建物の価額)を除き認める。右金額は,貸家建付地及び貸家としての評価額にすべきである。

(四) (四)の事実は認める。

(五) (五)は争う。

3  同3は争う。

4  同4は争う。

五  原告らの主張

1  本件不動産の持分各5分の3を亡茂行が取得したことについて

(一) 亡茂行は死亡当時まで北辰不動産株式会社(以下「北辰不動産」という。)の代表取締役であったところ,同社のオーナーである北内正男は,同社の業績発展が専ら亡茂行の功績であったことから,同人の功績に報いる具体的方法を同人と相談した結果,昭和57年秋ころ,同人に資産価値のある本件不動産を廉価で譲渡することを決め,譲渡代金を決定するため住友信託銀行に本不動産の価格調査を依頼した。

(二) 亡茂行は,当初,本件不動産の全部を買い受ける考えであったが,その後,同人が代表取締役をしている株式会社北大ビルディング(以下「北大ビル」という。)にその一部を取得させることに考えを変えた。しかるところ,北大ビルは,昭和58年1月,福岡相互銀行から700,000,000円の貸付けを受けることになり,同月30日に右貸付金をそのまま預金担保とする形態で貸付けが実行されたが,北大ビルが右貸付金を更に他に貸し付けることが既に決まっていたことから,本件不動産に担保を設定して右貸付金の払出しを受けるために,本件不動産の名義を同社に移す必要に迫られた。そこで,とりあえず,北辰不動産と北大ビルとの前における売買代金は,北辰不動産における本件不動産の薄価478,539,141円を下回らない価格である500,000,000円とし,住友信託銀行の評価が出された後に,正式な売買代金総額を決定し,その売買代金総額と500,000,000円との差額に相当する持分を亡茂行が取得することとして,北大ビルが同年2月1日に本件不動産を単独で買い受けた旨の所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)を行ったのである。

(三) 北辰不動産の常務取締役尾崎祥之(以下「尾崎常務」という。)は,昭和58年2月上旬ころ,住友信託銀行から本件不動産の評価報告書の提出を受け,その評価額が1,244,800,000円とされていたので,そのころ亡茂行と協議し,同月15日ころ,本件不動産の売買代金を1,250,000,000円と決定した。これより亡茂行の取得部分の代金額は750,000,000円となったことから,本件不動産の持分各5分の2を北大ビルが,同各5分の3を亡茂行が取得することに確定したので,尾崎常務は,その旨の売買契約書等の書類の作成に取り掛かり,同月末ごろ,作成を了した。なお,尾崎常務は,右書類の作成日付を北辰不動産から北大ビルへの所有件移転登記の日である同月1日に合わせたが,それは便宜上のことからであり,他意はなく,右(一)及び(二)に述べたように,その内容については実際に行われた売買契約のとおりである。

2  亡茂行の本件不動産に係る債務について

(一) 亡茂行は,右1のとおり,北辰不動産から本件不動産の持分各5分の3を750,000,000円で買い受け,右金額の売買代金債務を負った。

(二) 北辰不動産は,本件建物の貸借人に対して435,926,000円の預り保証金返還債務を負っていたが,同社と亡茂行は,昭和58年2月1日,本件建物の売買により賃貸人の地位が亡茂行に移転したことに伴う右保証金返還債務の引き継ぎにおいて,右(一)の売買代金債務と対当額で相殺した。

(三) 亡茂行は,北辰不動産との間で,同日,相殺後の売買代金残債務314,074,000円につき,弁済期を昭和63年1月31日とする準消費貸借契約を締結した。

(四) 亡茂行は,本件建物の持分5分の3部分を北大ビルに一括して賃貸することとし,北辰不動産から引き継いだ預り保証金返還債務435,926,000円を更に北大ビルに引き継いだが,他方,同社から保証金として450,000,000円を受領し,右金額の預り保証金返還債務を負った。

(五) 以上のおとり,亡茂行は,死亡当時,北辰不動産に対する準消費貸借契約に基づく314,074,000円の債務及び北大ビルに対する450,000,000円の預かり保証金返還債務,以上合計764,074,000円の債務を有していた。

六  原告らの主張に対する被告の認否及び反論

1  原告らの主張1について

(一) (一)は,亡茂行が死亡当時まで北辰不動産の代表取締役であったことは認め,その余の事実は知らない。

(二) (二)は,亡茂行が北大ビルの代表取締役であったこと,本件不動産につき,北大ビルが昭和58年2月1日に本件不動産を単独で買い受けた旨の本件移転登記が経由されていることは認め,その余の事実は知らない。

(三) (三)は,尾崎常務が昭和58年2月1日付けで原告主張の内容の売買契約書を作成してことは認め,右契約書が実際に行われた売買契約に係るものであることは争い,その余の事実は知らない。右売買契約書は,相続税対策のために作成したもので,その内容は虚偽のものである。

2  同2の事実は全部否認する。

3  被告の反論

原告らは,亡茂行は,松原の土地,建物及び田園調布の土地,建物のほかに,昭和58年2月1日に北辰不動産から買い受けて取得している本件不動産の持分各5分の3の財産及びそれに伴って負担した764,074,000円の債務があると主張するが,以下(一)ないし(七)の事実に照らすと,本件不動産は真実500,000,000円で北辰不動産から北大ビルに譲渡されたもので,亡茂行が本件不動産の持分各5分の3を取得したことは認めることができず,したがって,これに伴う債務を負担しているとも認められない。

(一) 本件不動産の各登記簿謄本には,昭和58年2月1日付けの売買を原因として同日付けで北辰不動産から北大ビルに所有権全部を移転する旨の本件移転登記がされている。

(二) 本件移転登記手続に際して東京法務局新宿出張所に提出された登記申請書に添付された昭和58年1月10日付けの北辰不動産の取締役会議事録及び同月12日付けの北大ビルの取締役会議事録には,いずれも本件不動産を北辰不動産が北大ビルに売却する旨記載されているのみで,亡茂行が本件不動産の持分を取得する旨の記載はない。

(三) 北辰不動産の昭和58年2月28日時点の試算表(貸借対照表)によれば,前月と対比して,土地勘定で293,972,170円,建物勘定で,180,345,603円,機械設備勘定で4,060,527円,造作設備勘定で160,841円の合計478,539,141円の減少が認められる。そして,同時点の試算表(損益計算書)によれば,不動産販売損益勘定で21,460,859円の利益計上が認められるところ,右金額は,本件不動産(ただし,機械造作設備を含む。)の譲渡価額500,000,000円から右減少額47,853,9,141円を控除した金額と同額である。

また,同時点の試算表(貸借対照表)の預り保証金勘定で446,083,800円の減少が認められるが,このうちの435,926,000円が本件不動産の預り保証金返還債務の分である。

(四) 北大ビルの昭和58年4月30日時点の試算表(貸借対照表)によれば,前月と対比して,土地勘定で541,154,000円(このうち310,104,000円が本件土地の分である。),建物勘定で185,896,000円,機械設備勘定で4,000,000円の増加が認められ,北大ビルは,本件不動産(ただし,機械設備を含む。)を500,000,000円で取得したものと認められる。

また,同試算表によれば,預り保証金勘定で438,171,500円の増加が認められる。

(五) 原告らは,昭和58年8月3日付けで,亡茂行に係る同年分の所得税について準確定申告書を提出しているが,同申告書に添付された財産及び債務の明細書には,松原の土地,建物と田園調布の土地,建物とが記載されているのみで,本件不動産は記載されていない。

(六) 北大ビルと富士火災海上保険株式会社との間で本件建物全部に係る火災保険契約が昭和58年2月1日に締結されており,以来契約当時者の変更はなく,保険金は北大ビルが全額負担している。

(七) 本件建物の貸借人である福岡相互銀行及び金子幸男らが受け取った昭和58年2月1日付け貸借人交替通知書には,旧賃貸人北辰不動産は本件建物を北大ビルに譲渡することにより北大ビルが従前の賃貸借契約を承継した旨の記載があり,少なくとも本件建物については北大ビルがその所有権の全部を譲り受けたものであることが明らかである。

七  被告の反論に対する原告らの認否及び再反論

1  被告らの反論の冒頭部分の主張は争い,(一)ないし(七)の事実は認め,(七)のうち,本件建物について北大ビルがその所有権の全部を譲り受けたことが明らかであるとの主張は争う。

2  原告らの再反論

(一) 被告は,被告の反論(一)ないし(七)の各事実から,本件不動産が500,000,000円で北辰不動産から北大ビルに売却されたと主張するようであるが,本件不動産の時価は,控え目に評価したと考えられる住友信託銀行の評価額1,244,800,000円と比べても,また,北大ビルは福岡相互銀行から本件不動産を担保として700,000,000円の貸付けを受けているが,銀行が融資をする場合の貸付金の額は,担保不動産の価格の7割相当額以下であることからしても,少なく見ても1,250,000,000円を下回るものではないことが明らかであるから,本件不動産を500,000,000円で売却するというのは到底考えられないことである。

(二) 被告の反論(一)ないし(四)の点については,原告らの主張1の(二)に述べた事情による便宜上の処理であり,亡茂行は北辰不動産及び北大ビル両社の代表取締役であったことから将来必要に応じて実体どおりの更正登記をすれば足りるという考えを持っていたのである。

(三) 同(五)の点については,準確定申告書を作成して尾崎常務が本件不動産の記入を看過したものにすぎない。

(四) 同(六)の点については,原告らの主張2の(四)のとおり,亡茂行が所有する本件建物の持分5分の3部分を北大ビルに賃貸し,同社が本件建物の全部を一括管理していたこと,及び,本件建物の月額の賃料収入総額10,000,000円のうち,持分5分の3を有する亡茂行が4,000,000円を収受するに止まるので,その不足分の補填として北大ビルが本件建物全部の火災保険金を負担していたのである。

(五) 同(七)の点についても,原告らの主張1の(二)の事情により北辰不動産と北大ビル間の売買代金を500,000,000円とする本件不動産の売買として形式上処理しておくための措置にすぎず,また,原告らの主張2の(四)のとおり,亡茂行が所有する本件建物の持分5分の3部分を北大ビルに賃貸する予定となっていたので,亡茂行においても,あえて亡茂行の取得部分に刈る賃貸人交替通知書を出さなかったのである。

(六) なお,原告らは,本件不動産につき,昭和58年11月26日付けで錯誤を原因として亡茂行の持分を5分の3,北大ビルの持分を5分の2とする各更正登記手続を行っているが,このように更正時が遅れたのは,亡茂行が元来不動産の登記手続を可能な限り省略するという方針を取ったいたこと及び本件不動産の売買後,亡茂行の発病,入院,死亡という事態となり,その後本件相続に関する税務申告の一切を担当した尾崎常務の多忙等の事情によるものである。右のうち,登記手続に関する亡茂行の方針は,本件不動産に限らず松原の土地,建物の各所有権に関する登記を見ても,建物については昭和46年3月30日に新築,引私渡しを受けながら,死亡するまで保存登記をしておらず,土地については昭和45年7月31日に北辰不動産から売買により取得していながら,同年11月2日になってようやく所有権移転登記手続を行っていることから明らかである。

八  原告らの再反論に対する被告の認否

争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当時者間に争いがない。

二  本件処分の手続上の違法について

1  原告らは,本件処分は通則法70条1項所定の期間制限を徒過した手続上の違法があると主張する。

通則法70条1項1号によれば,更正は,その更正に係る国税の法定申告期限から3年を経過した日以後においてはすることができないと規定し,3年の期限制限を設けている。そして,更正は,税務署長が更正通知書を送達して行うものとされている(同法28条1項)から,右の通知書が右制限期間内に作成されたとしても,右期間内に送達されなかった場合には,右更正は制限期間を徒過したものとして違法なものということができる。

本件相続に係る相続税の法定申告期限が昭和58年10月5日であることは当事者間に争いがないから,右申告に係る更正は,同日の翌日から3年目の昭和61年10月5日までに更正通知書を送達しなければならず,翌6日以後に右の通知書が送達されたとすれば違法たると免れない。

2  ところで,成立に争いのない乙第6号証の1,2,第7,第8号証,原本の存在及びその成立に争いのない甲第18号証,原告大山保子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

被告は,本件処分の各通知書を原告らに送達するため,昭和61年10月3日午前10時ごろ,東京国税局直税部資料調査第4課に所属する佐近係官,被告の資産税第1部門に所属する後藤彰及び同管理徴収第3部門に所属する正高敏伸の3名を原告らの自宅(松原の建物)に赴かせた。佐近係官は,応対に出た原告保子に対し,同原告及び不在であった原告紀子に対する本件処分の各通知書を提示して,本件相続に係る原告らの相続税の更正及び賦課決定の通知書である旨説明し,これを受領するよう求めるとともに,持参していた原告ら各人毎の送達記録書の受取人署名(記名)押印欄に署名及び捺印を求めたところ,原告保子は,関与税理士を通してでなければ受領できないと申し立て,受領を拒否した。佐近係官は,同原告に対し,重ねて受領するよう求めたが,応じてくれなかったため,原告らの自宅脇に設置されている郵便受箱に差し入れておく旨申し渡し,同日午前10時38分から同44分にかけて,北沢税務署の表示がしてある窓空き封筒2通に各原告に対する通知書をそれぞれ封入して,これを原告らの自宅門脇に設置されている郵便受箱に差し入れた(以上の事実のうち,税務係官3名が同日原告らの自宅に来訪し,原告保子に対し書類の受領を申し入れたこと,同原告がこれを拒否したことは,当事者間に争いがない。)。

3  国税に関する法律に基づいて税務署長等が発する書類は,郵便による送達又は交付送達により,その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達するものとされている(通則法12条1項)が,書類の送達を受けるべき者,送達を受けるべき場合において書類の送達を受けるべき者に出会わないときにおいてその使用人その他の従業員又は同居の者で書類の送達を受けるについて相当のわきまえのあるものが,送達すべき場所にいない場合又はこれらの者が正当な理由がなく書類の受領を拒んだ場合には,交付送達は,交付に代えて,送達すべき場所に書類を差し置く方法により行うことができるものとされている(同条5項2号)。右2の認定事実によれば,原告保子は本件処分の名宛人でありまた原告紀子と同居する者でもあるところ,佐近係官らによる本件処分の各通知書の受領を拒否したことについて正当な理由があるとはいえないので,右各通知書の送達につき,交付に代えて書類を差し置く方法によって交付送達を行うことができる要件を具備しているものと認められる。したがって,右各通知書は,いずれも本件相続に係る原告らの相続税についての更正を行うことができる期間内の日である昭和61年10月3日に適法に送達されたことになるから,本件更正には期間制限を徒過した手続上の違法はなく,また,本件賦課決定についても手続上の違法はない。

三  原告らの課税価格について

1  亡茂行の財産の価額

(一)  被告の主張2の(一)の(1)の①,(2)の①,(3)ないし(9)の各事実は,当事者間に争いがない。

(二)  田園調布の土地,建物の価額(1)

(1) 田園調布の土地,建物が亡茂行の相続財産であることは当事者間に争いがないところ,原告らは,田園調布の建物は貸家であり,田園調布の土地は貸家建付地であるので,その価額は貸家及び貸家建付地としての評価額によるべきであると主張する。

しかし,原告大山保子本人尋問の結果によれば,田園調布の建物は,亡茂行の死亡当時,他に貸し付けられておらず,また,貸し付けることが予定されていたものでもないことが認められるから,同土地,建物はいずれも自用の土地,建物であるというべきであり,原告らの右主張は失当である。

(2) 弁論の全趣旨によれば,自用宅地としての田園調布の土地の価額が82,750,000円であること及び自用建物としての田園調布の建物の価額が4,315,100円であることが認められる。

2  亡茂行の債務の金額

被告の主張2の(二)の(1)ないし(3)の各事実は,当事者間に争いがない。

3  原告らは,亡茂行の財産として,右1の財産のほかに本件不動産の持分各5分の3の財産があり,亡茂行の債務として,右2の債務のほかに本件不動産の持分5分の3を取得したことに伴って負担した合計764,074,000円の債務があると主張するので,以下検討する。

(一)  亡茂行の本件不動産の持分各5分の3の取得に関する主張及び証拠の検討

(1) 原告らは,北辰不動産と北大ビルにおいて,北辰不動産から北大ビルへ本件不動産を500,000,000円で譲渡することについての手続及び右の譲渡が行われたことを前提とした内容の事務処理をしていること(被告の反論(六の3)(一)ないし(七)の事実)について,これを認めた上で,右は原告らの主張1の(二)に述べた事情により行った便宜上のものにすぎないと主張している。

しかるところ,右当事者間に争いのない被告の反論(六の3)(一)ないし(七)の事実と成立に争いのない乙第2,第3,第25号証,原本の存在及びその成立に争いのない乙第18ないし第20号証,証人尾崎祥之,同松井憲三の各証言を総合すると,北辰不動産から北大ビルへの500,000,000円での本件不動産の譲渡に関して,北辰不動産及び北大ビルにおいて行われた手続の経緯及び事務処理の内容は,以下のものであったことが認められる。

ア 北辰不動産では,昭和58年1月10日ころ,同社所有の本件不動産を,売却期日を同年2月1日,売却価額を500,000,000円として,北大ビルに売却する議案が持ち回りによる取締役会にかけられ,右議案に利害関係を有する亡茂行及び原告保子を除く他の取締役6人全員が右議案を承認し,その旨の同日付け取締役会議事録(以下「A議事録」という。」)が作成されている。

イ 一方,北大ビルでは,昭和58年1月12日,本件不動産を,購入期日を同年2月1日,購入価額を500,000,000円として,北辰不動産から購入する議案が取締役会にかけられ,取締役3人(亡茂行及び原告両名)全員が右議案を承認し,その旨の同日付け取締役会議事録が作成されている。

ウ そして,本件不動産につき,司法書士田中健を代理人として,昭和58年2月1日,同日売買を原因として,北辰不動産から北大ビルへ所有全部の移転登記手続が取られ,本件移転登記が経由されている。

エ 北辰不動産の昭和58年2月28日当時の試算表(貸借対照表)には,前月と対比して,土地勘定で293,972,170円,建物勘定で180,345,603円,機械設備勘定で4,060,527円,造作設備勘定で160,841円,以上合計478,539,141円の減少が記帳されており,また,同時点の試算表(損益計算書)には,不動産販売損益勘定で21,460,859円の利益計上が記帳されているが,右各金額を合計すると500,000,000円となる。

オ 一方,北大ビルの昭和58年4月30日時点の試算表(貸借対照表)には,前月と対比して,土地勘定で541,154,000円(そのうち310,104,000円が本件土地に係る金額である。),建物勘定で185,896,000円,機械設備勘定で4,000,000円の増加が記帳されており,右各金額(ただし,土地勘定の金額については本件土地に係る金額のみ)の合計は500,000,000円となる。

カ 北辰不動産は,本件建物の地下1階,地上1,2階部分を福岡相互銀行に,3階A室を金子幸男に,3階0室を吉田進に賃貸していたが,昭和58年2月1日ころ,同日付けでそれぞれの賃借人に対し,本件不動産を同年1月31日付けをもって北大ビルに譲渡し,同社が賃貸人の地位を承認する旨の賃貸人交替通知書を送付し,各賃借人は,同年2月9日から同月25日にかけて右賃貸人の承継を承諾している。

キ 北大ビルは,昭和58年2月1日,富士火災海上保険株式会社との間で,本件建物の全部につき火災保険契約を締結しており,それ以後現在に至るまで契約当事者に変更はなく,北大ビルがその保険金額を負担している。

右ア及びイの経緯で行われた北辰不動産及び北大ビルの各取締役会は手続的にも実体的にも適式に行われたものと認められ,その他の処置についても特に問題となるような点はないことからすると,むしろ,右アないしキの事実によれば,北辰不動産から北大ビルへ事実,本件不動産が500,000,000円で譲渡されたことが推認されるものであって,右譲渡に係る処置が便宜上のものであるとの原告の主張は疑わしいものといえる。

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